ゆとり世代、分厚くなった最近の参考書にビビる
「君たちはゆとりだから。」
何度聞いたかわからないこの言葉。競争を好まず個性重視の教育を受けた我々は、職場で数多くの上司を悩ませ、叱責されてきた。そしてゆとりは愚痴をこぼす。「好きでゆとりになったんじゃねぇ!」
悲観しても仕方がないので、自覚しつつも適応すべく試行錯誤している毎日。仕事辞める私が言っても説得力ありませんね・・・
で、タイトルにもある通り、再受験においてもゆとりは受難の世代なのです。10年ぶりに書店の参考書コーナーへ来た私はあることに気が付きます。
「なんか参考書分厚くね?」
昔お世話になった本も、鉛筆一本分くらい増量されているような・・・
それもそのはず、数年前から日本は脱ゆとりに方針転換しており、これまでの反動で教科書全体の容量が増えているのです。特に理系科目の学習範囲は大幅に変わっており、学びなおしに時間がかかりそうです。加えてグローバル化の波もあって英語の単語数や出題形式にも変化がある模様。
うーんこれは面倒なことになった。というのも私は工学部を志望しており、上記の影響をモロに受けることになるのです。ただ学びなおすだけでなく新方式の試験に対して準備が必要なことも明らかになりました。今後の対策を書き出すと長くなりそうなので、そちらはまた別の機会に。
しかし、私が受けた教育はいったい何だったのだろうか。
今では無かったことにされつつある世代ですが、全てが悪いとは思っていません。詰め込みすぎず、自由を与えられて育ったことは決してマイナスになるとは限らない。勉強しなかった分、自分との向き合い方は多く学びました。戦い方はいくらでも考えられます。
私たちには「ゆとり」という武器があるのです。